諦めないことと決め付けないことの同値性

 久々の雨。台風が来たかのように打ちつける。窓の外の騒がしさを、静かな部屋の小さな窓からうかがう。窓際で憂鬱になって、外に出たくないなぁと少しの間だけぼうっとした。

 昨晩は、色々考え事をして遅くまで起きていたけれど、いつの間にか眠りについていた。そして、目覚めると既に八時半だった。今頃、教室では一時限目の講義が始まっているのだろう。あぁ、行きたくない。雨は強さを増していく。

 昔から雨は苦手だった。天候に左右されるのは馬鹿馬鹿しいとは思うけれど、晴れの日は、きれいな青空が見えて、深呼吸が気持ちよくて、外に出かけたくなる。一方、雨の日はその真逆で、出かけたくないし、ずっと家で寝ていたいと感じる。

 どうせ遅刻だし、行かなくてもいいかなぁという考えが一瞬頭の中をよぎったけれど、なんだか今日は諦めたくなかった。いつもならここで、部屋にこもろうと決めてしまうのに。

 重い腰をあげ、スーツに着替える。髭を剃る。コンタクトレンズをつける。寝不足だからか、コンタクトレンズがなかなかつかない。今日はまた、若々しい中高生に夢を与えるようなバイトをする予定だから、それなりの容姿に整えた。

 

 ようやく家を出る。外は、予想通りの土砂降りだった。折り畳み傘で出てきてしまったのだけど、長い傘を持って来ればよかったなぁと、最寄駅までの道を歩きながら思う。雨の音がうるさい。イヤホンをつけて、音楽を流す。元気な曲をかけると、雨の音があまり聞こえなくなった。なんだか、もう駅までたどり着くのだけでもしんどいなぁと思っていたのに、音楽を聴くだけでこんなに気持ちが楽になるなんて。雨の中、歌を口ずさみながら、無事に駅までたどり着いた。駅に入って、傘を畳んで、左半身のコートがかなり濡れていることに気づく。

 いつもの電車に乗る。時間が遅いので、いつもよりかなり空いている。ほっと一息もつかぬ間に、目的の駅に着いてしまう。

 階段を登って、地上に出ると、雨が少し弱まっている気がした。また、傘を差して、音楽を聴きながら、雨の中を歩く。ほどなくして、大学に到着する。赤門をくぐり、教室に入る。

 

 教育相談2の授業。教室に入ると学生が一斉にこちらを見てきたが、暗かったのでそんなに恥ずかしくはなかった。一番後ろの席に座って、前方にあるスクリーンを見ると、小学生が書いたらしい絵が映し出されていた。プリントを見ると、どうやら不登校の児童が書いた絵らしかった。

 この講義の先生は、いくつかの小学校でスクールカウンセラーとして働いている先生で、その絵は実際のカウンセリングの際に用いたもののようだった。残酷でグロテスクな絵が、時間を経るにつれて、カウンセリングの回数を重ねるにつれて、清い絵に変わっていく。その様を横目で見つつ、今日の正午締め切りの数学のレポートを書く。昨日の夜にやるはずが、いつの間にか寝てしまっていたのでできずじまいだった。提出締め切りの2時間前に初めて問題を見たのだけれど、テンソルについてのレポートだったので、少し安心する。授業中に、ぱぱっと終わらせた。

 そんなこんなでこの講義が終わった。今日で最後の講義だったらしく、授業アンケートとレポートが配られた。先生がすごく優しそうな方で、色々学ぶことが多かったこの講義。とてもためになったので、今日でこの講義が終わってしまうことは、なんだか感慨深いものがある。レポートに、この講義の先生への感謝の気持ちをめいっぱいに書き連ねて、先生に渡した。またひとつ、終わっていった。この先生に出会えて、この講義を聴けて、よかった。そんなことを思う。教室のドアを開けた瞬間、少し寂しい気がした。

 

 教室を出て、廊下を歩きながら思う。あの不登校の児童が描いた絵を、心の中で思い出す。あの子は、どんなこと考えていたのか。どういう経緯で、学校に行きたくなくなったのか。どうして、あの先生はその子を見捨てなかったのか。

 

 外に出る。私は、明るさに視界を奪われた。明るい光の中で、銀杏の葉が舞うのが見えた。

 

 私たちは、諦めたくなかったんだと思う。不登校の児童も、少しドジな自分も、諦めたくなかった。そこに、未知の可能性を見出したくなった。進みたくなった。見守りたくなった。生きたいと願った。光を見たくなった。私たちは、諦めたくなかった。

 どうしてだろうか。

 強い光の中で、私の目に鮮やかな青色が飛び込んでくる。私たちはきっと、あらゆる者に対して、可能性を捨てたくないと思っている。決め付けたくないと思っている。今なら、その理由がなんとなく分かる。

 

 なぜなら、雨はいつか止むから。