12人のカウンセラーが語る12の物語(4)

デクノボウの住みか

 

 幼い頃から、母親に育児放棄され、学校にも行かなかったマリコ。彼女は、幻覚や幻聴などを日常的に体験し、錯乱状態で病院に運ばれてきた。彼女のカウンセリングを、伊藤さんが担当することになった。

 

 マリコにとって、入院は人生で初めての社会デビューだった。挨拶や食事の仕方、歯の磨き方、脱いだ衣服のしまい方などを、病院で初めて学んだ。彼女は、伊藤さんや他の入院患者たちと関わっていく中で、問題を起こしつつも、人と関わることを覚えていく。そして、ついには、買い物をしたり電車に乗ったりすることができるようになった。

 

 その後、伊藤さんはマリコと別れ、女子大学の学生相談員になった。伊藤さんは、たまにマリコのことを思い出す。マリコの年齢に近い学生たちが、伊藤さんのもとを訪れて、大学生活の苦悩を打ち明けるたびに、彼女たちにはもっと過ごしやすい場所があるのではないか、大学は彼女たちに何を与えるのだろうと、伊藤さんは考えてしまう。

 

 器用に生きられないデクノボウが、どんどん居場所を失っていく気がした。私たちは、彼女たちを住まわせる隙間を、この社会に残しておくことができるのだろうか。そして、彼女たちにとって、その住みかでの生活が幸せだと少しでも感じることができるようになったらいいなと、私は願った。

 

 

自分を取りもどす道

 

 「こんなカウンセリングに、意味があるんですか?」

 

 古宮さんのもとを訪れた綾乃さんは、怒りをもってそう言った。彼女は、世界の中での強烈な孤独感を感じていた。そして、彼女には自我があまりなかった。他人からアドバイスをされると、それをしなければならないという強迫観念にかられた。自分は空っぽの容器で、他人が好きなように手をつっこんで中身をかき混ぜたり、好きな物を入れたり取り出したりする感じがすると、彼女は言った。

 

 生い立ちからか、綾乃さんは自分自分に劣等感を感じることが多かった。しかし、彼女はそれと同じだけのプライドを持っていた。劣等感があるから、他人にアドバイスをされると受け入れてしまう。プライドを持っているから、自分がきれいな容器であると他人に見せたくなる。うまくいきているようで、彼女は劣等感とプライドの間を不安定に揺れていた。古宮さんは、そんな綾乃さんを、いつも暖かく包んだ。いつしか彼女は自分の気持ちをうまく表現することができるようになってきた。

 

 「大学の友達にも、言いたいことをわりと素直に話せるようになったと思います」

 

 そして、彼女は大学を卒業していった。

 

 「こんなカウンセリングに、意味があるんですか?」

 

 カウンセラーとしては、この言葉はかなり重い言葉なのではないかと思う。実際に、カウンセリングの技法を学ぶと、積極的なアドバイスをするのではなく、クライエントの話を受け止め、共感することで、クライエントの気持ちの整理をするということが、カウンセリングの本質なのだということを知る。しかし、これではあまり役に立った気がしないし、クライエントからしたら助言をくれないしカウンセリングなんて役に立たないという実感があるのかもしれない。

 

 それでも、寄り添い続けること。カウンセラーに必要なことは、クライエントの未知の可能性を信じて、ずっと寄り添い続けることなのではないだろうか。綾乃さんと古宮さんを見ていて、私はそう感じた。

 

 

卒業まであと半年

 

 卒業まで半年というところで、優子さんは田名場さんのもとへと相談にやってきた。

 

 「就職先を決められないんです」

 

 彼女はそう言い終えると同時に、涙を流し始めました。彼女は、国家公務員と地方公務員の試験に合格をしているが、どちらに就職しようか悩み、決断できないでいた。

 

 彼女は田名場さんと共に、それぞれの選択肢についてよく考えてみるのですが、それでも決断はできなかった。そして、田名場さんは、彼女の根本的な問題として「自分で決められない」という彼女の性格に着目する。彼女はいつも、家族や先生、友人など、他の人に決めてもらって生きてきた。だが、彼女自身、今回は自分で決めなければという思いを持っている。田名場さんと彼女のカウンセリングが進むにつれ、彼女が家族に対して抱いている負の感情を、彼女自身で受け止められるようになった。そして、そのことがきっかけで、ほとんど彼女の中で答えが出てきたようだった。彼女は言った。

 

 「自分で決めてもいいのかなって」

 

 そんな彼女に対して、背中を押すように田名場さんは言う。

 

 「百パーセントオリジナルの考えを求めるのは現実的には難しいよね。いろんな人の考えを参考にして、優子さんが、まぁ今はこれでいいか、となんとなく思えることが大事なんじゃないかな」

 

 その回を最後に、彼女は相談に来ることはなかった。のちに、地方公務員として働くことになったことを、彼女は笑顔で田名場さんに報告しに来たのだった。

 

 田名場さんが、カウンセリングが終わって彼女と別れるときに「いってらっしゃい」という言葉を使っていたのが、印象的だった。カウンセリング以外の時間も、クライエントは苦しむ。相談室のドアを開けると、そこにはまた重く苦しい世界が待っている。「いってらっしゃい」と言えば、またクライエントがどうしようもなく苦しいと感じたとき、帰る場所として相談室があるんだよと、教えてあげることができる。その少しの言葉遣いに、私は暖かさを感じた。